2019年3月29日金曜日

完成近づく工事中の八ッ場ダム

親戚の小学生を含む3人が、群馬に遊びに来ていて、今日は八ッ場ダムの工事現場を見てもらおうと出かけてきた。今年度中の完成予定ということで、本体工事はかなり進んでいるようにみえた。
 見放し台からの本体工事


 上流側の眺め

2019年3月24日日曜日

渡良瀬遊水地と栃木の城跡を訪ねる

春らしい気候に誘われて、ドライブに出かけたくなった。それで、壬生城と藤岡城を訪ねることにし、ついでに一度は見てみたいと思っていた渡良瀬遊水地にも寄ってきた。

両城跡の詳細はこちら。壬生城下野藤岡城


壬生城公園内に置かれていた古墳の天井石と榜示杭
 天井石
 榜示杭

渡良瀬遊水池の広大なのには驚いた。展望台に登ってみても、自動車で走ってみてもただただ広いということくらいしか表現ができない。
 展望台から

説明板

遊水池内の水路
旧谷中村跡




2019年3月16日土曜日

高崎市の旧村々を歩く-3

先日、旧大島村から旧吾嶺村辺りを歩いた続きを、歩きに出かけた。前回の終点・沖町熊野神社から白川の堤防の上を上流に向かって歩き、竹ノ鼻の対岸付近から旧楽間村に向かった。すぐに楽間の宝塔に出会った。


少し先の楽間町の公民館裏には、十王信仰の石仏群があった。


その先の橋を渡ったところの榛名神社の境内にも双体道祖神などの石仏群が。

 不動明王を本地仏

 金毘羅大権現と読むのか?

次いで行力町に入り、コミュニティセンターまで行くと、広々とした景色の中に石仏群

北新波町に入ると、以前訪ねた北新波砦である。



菊池町まであるいたが、旧村の面影は見つけられず、南新波町のため池と小さな広場の石仏を見て、今回の散歩を終わりとした。




今日の歩行図 歩行距離 9.5Km

今日歩いた地域は、旧長野村-楽間村、行力村、北新波村、菊池村、南新波村

2019年3月9日土曜日

群馬県太田市の城跡巡り

多々良沼で毎年恒例のヨシ焼きの準備のヨシ刈りの行事があり、所属しているボランティア団体の一員として参加した。作業は昼で終了したので、近くの城跡に出かけた。

城跡詳細は、道原城市場城をクリックのこと。

歩いている途中で、予期せず古墳に遭遇した。


2019年3月5日火曜日

住吉城と高崎市の旧村々を歩く-2

先月(2月)24日に高崎の下小塙町、旧六郷村を構成した下小塙村辺りを歩いたが、それを第1回目として、明治時代の1/2万迅速図や1/2万地形図を参考にして、あまり都市化されてないような旧村を歩いてみたいと、自宅のある板鼻から歩き出した。

R406を渡ると上大島である。安養寺の笠塔婆が現れた。

近くにも石仏が

下大島に入ると、また石仏群が出たが、ここら辺は昔信州街道を歩いた時に歩いていた。


町屋町では、諏訪神社に行ってみた。



沖町辺りの地形が明治の地図とどうも違っていて、白川が西新波下沖の東を流れている。
下の説明板にある水害と関係があるのだろうか。

沖町を流れる長野堰用水




土手道を歩いていると、住吉城址という石碑を見つけた。城跡の遺構のようなものは、何もなかった。
所在地:高崎市我峰町637。群馬八幡駅の北2.2Kmで烏川と榛名白川の合流点台地上。
構造 :不詳。「南の堀跡残る」(探訪日本の城4中山道)
築 城 :不詳。
城主他:住吉玄蕃、のち清水正智在城
その他:箕輪城の防衛砦の一つ。


すぐ近くには、白川を逆サイホンで交差させる入口があった。



白川を渡った先には、その出口から緩やかにあふれ出てきていた、

その近くには、我峰町棗原神社があった。

 我峰町の畑に石仏群

 堤防下にも

 我峰町八幡神社

住吉城との関係を示す説明板

沖町の熊野神社まで戻って今日の歩きは、終わった。


今日の歩行ルート

1.旧榛名町-里見村-上大島村
2.旧川間村-下大島村町屋村
3.旧長野村-西新波村吾嶺村