2018年12月22日土曜日

新上州観音霊場三十三ヶ所-4回目と植松城

新上州観音霊場巡りの4回目である。
今回は、植松城と19番、24番、25番の札所を見て回った。
詳細は、城巡りのページ札所巡りのページにある。

植松城への途中、集会所のような建物をみたが、辛科神社の禊殿だった。

宝積寺には、身代わり地蔵なるものがあった。


法峰寺には、ちょっと気になる石仏があった。

柳沢寺には、五重の石塔があった。


2018年12月15日土曜日

新上州観音霊場三十三ヶ所-3回目と城跡巡り

3回目の新上州観音霊場巡りに出かけてきた。併せて、近辺の未訪問だった城跡にも寄ってきた。

今日巡ってきた札所は、こちら

一緒に訪れた城跡は、久永陣屋今村城阿佐美館玉村城である。


天増寺には、那波氏の小太郎、小次郎の墓や那波氏の系図板が置かれていた。




また、天増寺には伊勢崎一万石の大名だった稲垣氏累代の大きな墓群が置かれていた。
 




退魔寺には、日露戦争に駆り出された軍馬を弔う馬頭観音像があった。

2018年11月25日日曜日

新上州観音霊場三十三ヶ所-2回目と城跡巡り

2回目の新上州三十三ヶ所観音霊場巡り出かけた。併せて、城跡巡りも行った。

今回の札所めぐりは、こちら

城跡巡りの記録は、綿打館田部井館天幕城である。


11番 教王寺近くには、この寺とも関係のあった高山彦九郎宅跡があった。
 彦九郎宅跡

 
 彦九郎歌碑


 遺髪塚

2018年11月20日火曜日

新上州観音霊場三十三ヶ所-1回目

 新たに新上州観音霊場を回り始めた。この霊場は、群馬県一円に分布していて、今まで廻った各霊場と重複しているものもあるので、重複分は省略して自動車で回ることにした。
 今回は、01番-02番、06番が重複対象で、03-05番、07番の札所を廻った。この記録は、こちら

崇禅寺の境内は、紅葉が丁度見頃だった。

 
観音院の近くには、諏訪神社があった。
 
 
07番曹源寺は、さざえ堂で広く知られているが、会津若松のさざえ堂や最近では児玉のさざえ堂にも行ったことがあり、これで「日本三さざえ堂」を訪れた事になった。

2018年11月13日火曜日

三原郷三十四観音札所巡りの第6回目と八ッ場ダム工事周辺

三原郷三十四観音札所巡りも最終の6回目である。札所の記録はこちら。
今回は、紅葉真っ盛りの中、八ッ場ダム工事周辺を歩いた。

 進んできた本体工事

 付替道路橋やかっての線路跡が見える

 紅葉の中の昔登った丸岩


王城山に登ったときの登山口王城山神社

 境内の石仏
 
 帰路は28・29番札所を確認するため、須賀尾峠道を通った。須賀尾宿には信州街道の説明板が設置されていた。


2018年11月3日土曜日

庭下の丸いキノコ

庭の端の高さ3-4mの擁壁の水抜き穴から雑木が生えてきているので、除伐しようとその下に降りてみると、枯葉の落ちている草地に丸いボールのようなキノコが3-4個転がっていた。



調べてみると、ホコリタケ科オニフスベ属オニフスベのようである。

2018年10月30日火曜日

三原郷三十四観音札所巡りの第5回目

三原郷の札所巡りも今日で5回目だ。
札所巡りについての記録は、こちら

草津温泉から白砂川の谷に向かってあるき出したが、町外れあたりに墓地があり、そこにハンセン病患者に尽したコンウォール・リーの墓があった。


標高1000mを超える草津は、紅葉が綺麗だった。

白砂川の段丘にまで下ってくると、寅さんの映画のロケ地ともなった荷付場には、お堂や石仏がいい佇まいのまま残されていた。




小雨の水力発電所


小雨集落内に、若山牧水が「みなかみ紀行」で詠んだ歌の碑が建てられてあった。

 九十九折けはしき坂を・・ 蚕飼せし家にか・・

 おもはぬに村ありて・・ 学校にもの読めるこえの・・

 小雨集落の札所供養碑

太子(オオシ)近くの街道沿いにあった石仏群

旧長野原線(現・吾妻線)の廃線区間の駅・太子駅があった。


昔の日本の農村を思い起こさせるような赤岩集落というのがあった。





群馬県企業局の広池発電所